Column

パワハラを受けるサラリーマン

取っていますか? パワーハラスメント防止のための対応

1.パワハラ防止義務の新設

労働施策総合推進法(正式名称:労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律)が令和元年6月5日に改正され、特に、「職場におけるパワーハラスメント防止のための雇用管理上の措置義務」と呼ばれる以下の条項が、令和4年4月1日にから中小企業にも適用されることになりました。

(雇用管理上の措置等)

第三十条の二 事業主は、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であつて、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。

2 事業主は、労働者が前項の相談を行つたこと又は事業主による当該相談への対応に協力した際に事実を述べたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。

3 厚生労働大臣は、前二項の規定に基づき事業主が講ずべき措置等に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針(以下この条において「指針」という。)を定めるものとする。

これを受け、厚労省からは、「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(以下「指針」といいます。)が示されています。

これらについて、解説していきます。

2.パワハラって何?

指針では、「職場におけるパワーハラスメント」とは、

職場において行われる(前提)、①~③の要素を全て満たすもの

① 優越的な関係を背景とした言動であって

② 業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより

③ 労働者の就業環境が害されるもの

とされています。

また、「職場」とは、「労働者が業務を遂行する場所」と解されていますから、業務を行う場所はすべからく職場であると言えるでしょう。

「優越的な関係」については、職場ごとの事情によるのでしょうが、指針では具体例として、

  • 職務上の地位が上位の者による言動
  • 同僚又は部下による言動で、当該言動を行うものが業務上必要な知識や豊富な経験を有しており、当該者の協力を得なければ業務の円滑な遂行を行うことが困難であるもの
  • 同僚又は部下からの集団による行為で、これに抵抗又は拒絶することが困難であるもの

などが挙げられています。

世間では「パワーハラスメント」というと、「上司が部下にするもの」という印象があると思います。

しかし、指針では、「同僚」や「部下」によるパワーハラスメントが存在することを、正面から認めていることが特徴だと思います。

指針では、行為類型も例示されています。

① 暴行、傷害(身体的な攻撃)

② 強迫、名誉棄損、侮辱、ひどい暴言(精神的な攻撃)

③ 隔離、仲間外し、無視(人間関係からの切り離し)

④ 業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害(過大な要求)

⑤ 業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと(過小な要求)

⑥ 私的なことに過度に立ち入ること(個の侵害)

ポイントは、パワハラのイメージがある①、②、③だけでなく、業務上の必要性・合理性との兼ね合いにはなりますが、「遂行不可能なことの強制」や「程度の低い仕事を命じること」などが、行為類型として明示されていることです。

これらの点は、達成不可能なノルマを課したり、業務を行わせないことが、裁判例上もパワーハラスメントであると認められていることを反映したものと思われます。

また、指針によれば、一時期、社会の耳目を集めていた「追い出し部屋」(重要性の乏しい単純作業に従事させることで、従業員を退職に追い込むための部署への配置転換)などは、会社ぐるみのパワーハラスメントと評価されることになります。

3.パワハラを放置すると、どのような問題があるの?

労働者と使用者との間で締結される「労働契約」について定めた労働契約法5条は、使用者の義務として次のように規定しています。

(労働者の安全への配慮)

第五条 使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。

これが、いわゆる「安全配慮義務」と言われているもので、事業主には、労働者を労働させるにあたって、生命身体の安全を確保することが求められている、ということです。

労働契約法は、あくまで抽象的に定められています。

「安全配慮義務」の具体的な内容としては、労働災害の発生を防いだり、長時間労働によるケガや病気を防ぐことが挙げられますが、上記の「パワハラの防止」も安全配慮義務の一要素、と位置付けられています。

「安全配慮義務」に違反した場合、事業主は、被害を受けた労働者に対し、民法415条に基づく損害賠償義務を負うことになります。

また、「①暴行、傷害」などは分かりやすい例ですが、パワーハラスメント自体が「不法行為」になります。

この場合、パワハラを行った加害者(上司)が、被害者(部下)に対して、民法709条に基づく損害賠償義務を負います(交通事故の加害者、被害者と同じ仕組みです。)。

更に、パワーハラスメントは、「職場において行われる」ものであって、その性質上、当然に事業に関連することから、事業主は、民法715条に基づく使用者責任を負うことになります。

これをまとめると、以下の図のようになります。

4.パワハラ防止のために、何をすればよいの?

指針では、以下のような対応をすることが求められています。

(1)事業主の方針等の明確化及びその周知、啓発

事業主は、「パワーハラスメントを行ってはならない旨の方針」を定めて、労働者に周知・啓発を行うことが求められています。

具体的には、営業所の掲示板などに、「パワーハラスメント行為は断じて許しません」とか「パワーハラスメント行為を行った者は厳正な対処をすること」といった方針を掲示する、などの方法が考えられます。

(2)相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備

事業主は、労働者からの相談に対し、その内容や状況に応じ適切かつ柔軟に対応するために必要な体制を整備することが求められています。

具体的には、① 相談窓口を定めて周知する、② 当該窓口で相談に対応できるような体制を作る、ということが必要です。

この点、規模の小さい中小企業では、相談窓口を設置しようとしても適切な担当者を置くことができず、それ故に、相談窓口が、直接の上司である社長や役員になってしまうことが考えられます。

しかし、パワーハラスメントが、典型的には上司から部下に対して行われるものであることを考えると、「直属の上司が相談窓口」というのでは、実質的に相談窓口を設置していない、と評価されることもあり得ます。。

そこで、そのような場合には、積極的に、弁護士や社労士など外部の専門家の利用を検討するべきであると思われます。

(3)職場におけるパワーハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応

事業主は、パワハラに関する相談申出があった場合には、

 ①事案に関する事実関係を迅速かつ正確に確認すること

 ②パワハラ行為が事実であった場合は、相談者及び加害者に対し、適正な配慮、措置を行うこと

 ③再発防止のための措置を行うこと

が求められています。

特に、相談者に対する配慮は重要です。

事実関係の確認のためには、関係者に対するヒアリングをすることが第一歩となりますが、相談者の了解を得ず、安易にヒアリングを実施すれば、相談者がパワハラの相談申出をしたことが職場内に知れ渡り、問題が複雑化することも考えられます。

まずは、相談者の意向を十分に聴取するとともに、誰にヒアリングをすることが適切か否かを十分に検討し、また、ヒアリングの際には、ヒアリング対象者に秘密を守ることを約束してもらうなど、十分な配慮を行いましょう。

また、事実関係の確認のためには、次のようなポイントを意識するとよいと思います。

  • 相談者の被害の状況

(身体的な被害か精神的な被害か、それぞれの被害の度合いはどうか。)

  • 相談者と行為者の人間関係はどのようなものか
  • 当該行為の目的、動機は何か
  • 目的、動機に対し、手段が適当かどうか。他の手段はなかったか。
  • 当該行為の時間、場所は、業務とどの程度の密接性があるか
  • 当該行為の程度(質)や頻度(量)はどの程度か

今後は、上記(1)~(3)のような取り組みがなされているかどうかが、裁判においても、事業主の「安全配慮義務」が尽くされているかどうかのメルクマールになっていくと思われます。

4.まとめ

パワハラ行為により、従業員が病気、ケガを負ってしまった場合、事業主が損害賠償義務を負うことは上述のとおりですが、パワハラを放置することで、当該従業員は勿論、その周囲の従業員にとっても仕事への意欲が低下し、職場全体の生産性へ悪影響があると言われています。

また、近年では、パワハラ行為がSNS等を通じて外部に露見することにより、企業イメージが大きく棄損されることも考えられます。

このようなことを防ぐため、また、事業をより発展させるためには、パワハラを許さない企業風土を醸成して、未然にパワハラの芽を摘むこと、もしパワハラが発生してしまった場合でも、適正な対応を行うことにより、職場環境を改善していくことが重要です。

本記事を契機として、まず、「パワハラを許さない」ことが周知されているかどうか、「相談窓口」が設けられているかどうかを確認してみてはいかがでしょうか。

(※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、執筆時点のものであり、将来変更される可能性があります。)