Column

訴状-リアークト法律事務所-

自社の賠償リスクを整理しよう

1.企業の賠償リスクとは?

企業が事業活動を行う以上、予期せぬトラブルに遭遇し、他人に損害を与えてしまうということも生じざるを得ませんが、特に平時の中小企業において、

事業活動に伴う「賠償リスク」は、あまり意識されていないように思われます。

しかし、事故による損害賠償は、時として、とても高額になることもありますし、トラブルの対応によっては、事故によって顕在化したリスクとは別に、新たにレピュテーションリスク(企業に関するネガティブな評価が広まった結果、企業の信用やブランド価値が低下し損失を被るリスクのこと。)が生じることになりかねません。

そこで、自社の事業にどのようなトラブルや賠償リスクが生じうるか、また、もしトラブルが生じた場合にどのように対応することが適切か、といったことを事前に分析・検討することは、持続的な事業活動を行うために、とても重要なことだと思います。

ちなみに、金銭的なリスクの担保については、各保険会社が「企業賠償責任保険」といった名称で、「他人に法律上の損害賠償責任を負担することの損害」をカバーする保険を販売しています。

近時には、この企業賠償責任保険に弁護士費用特約が付帯されており、いざという時のための弁護士費用がカバーされる保険もあるようですから、もし、加入していなければ、こういった企業向け賠償責任保険への加入を検討してみてもよいでしょう。

2.法的根拠

企業が賠償責任を負う法律上の理屈は、以下の2つに大きく分けられます。

(なお、1つの事実について両方の法律構成が成立することもありますが、その場合でも、企業が2倍の賠償責任を負うわけではありません。)

① 契約責任(民法415条)

   → 契約上の債務不履行により発生するもの

② 不法行為責任(民法709条、715条)

   → 契約外で、故意又は過失により他人の権利等を侵害した場合に発生するもの

大雑把に言えば、①は契約の相手方に対して負う責任、②は契約の相手方ではない第三者に対して負う責任、と理解してよいでしょう。

例えば、従業員の単純ミスにより、契約の相手方ではない第三者にケガを負わせてしまった場合(ビルの外壁を修理している際、道具を落として通行人にケガをさせてしまった、など。)には、②に基づき、当該従業員だけでなく、会社も責任を負うことになります。

ちなみに、このような事例で企業側から、「会社はケガをした通行人にきちんと賠償したので、ミスをした従業員にも責任を取ってもらいたい。会社は、従業員に対して求償することはできないのですか?」という相談を受けることもあります。

(わざと損害を発生させたり、犯罪を行ったりしたのではない、)単純ミスの場合に、会社が支払った額の100%を従業員に対して求償することは、ほとんどできないと考えてよいでしょう。
判例上も、「会社が労働者の活動によって利益を上げる関係にあること」や「労働者を使用することにより、会社の事業範囲を拡張して第三者に損害を生じさせる危険を増やしていること」などを理由として、会社は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防又は損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、労働者に対して求償することができる、と解しています(最判令和2年2月28日参照)。

3.企業の賠償リスクの分類

企業の賠償リスクには様々な種類がありますが、大きく分類すると、

 (1) 企業の事業活動に直接起因するもの

 (2) 企業の事業活動を行う場所、施設で生じるもの

 (3) 人の移動中、商品の運送中に生じるもの

というように分類することができます。

(1)企業の事業活動に直接起因するもの

① 人的・物的事故

このうち、最も基本的なものは、事業活動自体から第三者の生命、身体、財産に損害を加えてしまう場合です。

業種によって大きく異なりますが、例をあげると、次のようなものがあるでしょう。

  • 飲食店において、ウェイターがお客さんに飲食物をぶつけてケガ・火傷を負わせてしまう
  • 販売したイスに強度不足があり、使用中に壊れてしまってケガをさせた
  • 重機の操作を誤り、作業員にけがをさせてしまう
  • 引越しの際、家具の移動中にぶつけて壁紙がはがれてしまう
  • お客さんからお預かりした物を紛失してしまう

これらは、賠償リスクの中でもイメージしやすいものです。

業種によってどのような事故が生じ得るかは異なりますから、自社の事業活動の流れや、(主に)お客様との接点などを中心に、リスクを想定していくとよいでしょう。

同業他社に生じたトラブル等は、自社の事業活動の改善のために大きな参考になりますので、同業者のトラブルを耳にすることがあれば、自社にも当てはまらないかどうか、改めてチェックしてみることが有用です。

② 知的財産の侵害

①は目に見える事故(侵害)でしたが、②は目に見えない事故(侵害)です。

事業を行ううちに、知らない間に第三者の知的財産権を侵害してしまう、ということがあり得ます。

特に、商標権と著作権は、知らないうちに侵害することが多い権利です。

例えば、「かわいいフリー素材集 いらすとや」さん(https://www.irasutoya.com/)は、「規約の範囲内であれば無料」とされており、商用利用においては「媒体を問わず1つの制作物につき20点(重複はまとめて1点)まで」と利用範囲としていますが、これを知らずに、商用利用をしてしまって知的財産を侵害してしまう、ということがあります。

他にも、サイト上には「フリー(無料)素材集」であると表示されていたので、無料だと思って画像を使っていたが、実は、そのサイト自体が他人の公開している画像を(無断で)掲載しており、実際には「フリー素材集」ではなかったため、知らぬ間に著作権を侵害してしまった、という事例もあるようです。

著作権については、著作権者がハッキリとしている(出所が分かる)ものを使用し、「フリー素材」と表示されているサイトであっても、予め利用規約を確認することが必要でしょう。

また、商標等については、特許情報プラットフォーム(J-PlatPat、https://www.j-platpat.inpit.go.jp/)にて、登録されている商標等を確認することができます。

ブランド名や商号を検討する際には、第三者の商標として登録されていないかどうかを調査することが不可欠です。

③ 個人情報の漏えい

個人情報保護の重要性は、近年、益々の高まりを見せていますが、一方、デジタル社会の進展に伴って、度々、大規模な個人情報の漏えい事件がニュースを賑わせています。

近年では、個人情報保護法の改正も相次いで行われていますし、一般消費者からも、企業の個人情報保護の姿勢が注目されていますから、個人情報がきちんと管理されていなかったり、漏えい・流出してしまえば、自社の評判が一気に低下することが考えられます。

個人情報の漏えいには、従業員が故意に流出させるもの(例えば、名簿業者に販売してしまう)と過失で流出させるもの(個人情報の入ったデータを送付する際、宛先を間違って第三者に送付してしまう)の2パターンが考えられます。

まずは、個人情報の漏えいをしない体制づくりを検討するべきですが、個人情報の漏えい・流出は突然起きるものですから、漏えい・流出してしまった場合にどのような対応をするべきかを事前に検討しておくことも重要であると言えます。

(2) 企業の事業活動を行う場所、施設で生じるもの

次に、工場や店舗、施設で生じるリスクを検討してみましょう。

こちらも、業種によって業種によってどのような事故が生じ得るかが異なりますが、例えば、以下のような事例が考えられます。

  • 台風などにより、外看板が飛んで行ってしまい、他の建物を損壊してしまう
  • レストランで火災事故が生じ、消火活動を行ったために、隣接する店舗の営業が停止せざるを得なくなってしまう
  • 雨天時、お客さんや従業員の出入りにより水浸しになった床を放置した結果、お客さんが滑って転んでケガをしてしまう

企業は、自社の施設を適切に管理する責任がありますから、それを怠って第三者に損害を与えてしまった場合には、一次的な責任を負うといえます。

どのような対応をすれば、自社所有の施設や動産について「適切な管理」といえるか、また、第三者の損害を防げるかという観点から、管理方法について検討することがよいでしょう。

(3) 人の移動中、商品の運送中に生じるもの

人の移動中に生じるリスクの代表例は、自動車事故です。

業務中の移動であればもちろん、私用であっても社用車を使っていた場合には、企業が責任を負うことになりかねませんから、社用車の使用ルールを整備する、整備したルールを従業員に徹底させる、ということが考えられます。

また、メーカーや問屋等においては、「商品の運送過程」で生じるリスクについても、想定しておくことが必要です。望ましいと言えます。

例えば、「商品を運ぶトラックを客先の倉庫にぶつけてしまう」「荷卸しの際、トラックを開け放しておいた結果、盗難被害に遭ってしまう」といったことは、いつでも起こりえることです。

商品を自社で運送するのではなく、運送契約を締結して業者に任せる、ということも多いと思われます。

その際は、当該運送契約において、「補償」や「免責」についてどのように規定しているかどうかを確認し、必要に応じて弁護士等に相談をしつつ、契約条件の交渉を行うことも考えられます。

4.事前準備の必要性

事業活動を行うにあたって、どんなトラブルに巻き込まれるかは誰にも予想ができません。

もちろん、トラブルに巻き込まれないように予防策を講じることが重要なことは言うまでもありません。

しかし、その一方で、「どれだけ注意をしていても事故は起きるものである」という精神をもって、自社に起きうるトラブル、賠償リスクにどのようなものがあるかを整理検討して、トラブル発生前に、万一トラブルが発生したときの対応を検討しておくということが、自社の評判を守り、また、損害を最小化する手立てであると思います。

本コラムが、そのような検討の一助になれば幸いです。

(※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、執筆時点のものであり、将来変更される可能性があります。)