過去の犯罪報道の削除
近年、インターネット上で誹謗中傷を受けた場合には、当該記事・投稿について削除請求が可能であることが広く知られています。
これを法律的に分析すると、誹謗中傷する記事・投稿が、人格権(名誉権やプライバシー権)を侵害していることから、「人格権侵害差止請求権」を行使して削除請求する、ということになります。
では、犯罪報道(例えば、「Aさんが✕✕罪で逮捕されたこと」の報道)についてはどうでしょうか?
裁判例上、他人に知られたくない個人の情報は、それがたとえ真実に合致するものであっても、「プライバシー」として法律上の保護を受け、これをみだりに公開することは許されず、違法に他人のプライバシーを侵害することは不法行為を構成するとされています。
また、「犯罪報道」において問題になりえる「前科等」については、個人のプライバシーの内でも最も他人に知られたくないものの1つである、とも評価されています。
そのため、犯罪報道は、プライバシー権(人格権)を侵害するものである、と言えそうです。
とはいえ、プライバシーであれば無限定に保護されるという訳ではありません。
犯罪報道においては、「公表されない法的利益」と「公表することによる利益」とを比較衡量して、後者が前者を上回る場合には、犯罪報道は違法ではない(プライバシー権を侵害してもやむを得ない)、と解されています。
現に、ニュースなどで多数の犯罪報道がなされていますね。
TVのニュース番組の報道は、基本的にはその場で消えてしまうものですし、新聞などの報道も、紙として情報としては残るものの、当該情報へのアクセスの容易さという観点からすれば、これまで、一定以上過去の情報にアクセスすることには相当のハードルがありました。
しかし、World Wide WEBの発達により、情報拡散の速度・範囲が爆発的に拡大していますし、また、些末な情報であっても、その情報がインターネット空間に半永久的に記憶されるようになりました。このことは、「デジタルタトゥ」とも言われています。
そのため、現在では、プライバシー権を侵害する「犯罪報道」も、インターネット上に残り続けることとなり、5年経っても10年経っても過去の犯罪報道を容易に検索することができるようになっています。
このような「過去の犯罪報道」といったインターネット上のプライバシー情報については、近年、「忘れられる権利」とか「削除権」といったものが提唱されています。
これに関連して、最近、最高裁判所は、過去の犯罪報道にかかる「Googleの検索結果」と「Twitter上でのツイート検索の結果」の削除について、それぞれで少し異なる判断を示していましたので、ご紹介します。
最高裁平成29年1月31日決定(グーグル検索結果削除請求事件許可抗告決定) | 最高裁令和4年6月24日決定(ツイート削除請求事件許可抗告決定(仮)) |
(プライバシー権について)個人のプライバシーに属する事実をみだりに公表されない利益は、法的保護の対象となるというべきである | (プライバシー権について)個人のプライバシーに属する事実をみだりに公表されない利益は、法的保護の対象となるというべきであり、このような人格的価値を侵害された者は、人格権に基づき、加害者に対し、現に行われている侵害行為を排除し、又は将来生ずべき侵害を予防するため、侵害行為の差止めを求めることができるものと解される |
検索結果の提供は検索事業者自身による表現行為という側面を有する。検索事業者による検索結果の提供は、公衆が、インターネット上に情報を発信したり、インターネット上の膨大な量の情報の中から必要なものを入手したりすることを支援するものであり、現代社会においてインターネット上の情報流通の基盤として大きな役割を果たしている。 | (Twitter社自身の表現や役割等に関する言及なし) |
(考慮要素)当該事実の性質及び内容当該URL等情報が提供されることによってその者のプライバシーに属する事実が伝達される範囲とその者が被る具体的被害の程度、その者の社会的地位や影響力、上記記事等の目的や意義、上記記事等が掲載された時の社会的状況とその後の変化、上記記事等において当該事実を記載する必要性など、当該事実を公表されない法的利益と当該URL等情報を検索結果として提供する理由に関する諸事情を比較衡量して判断すべきもので、その結果、当該事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合には、検索事業者に対し、当該URL等情報を検索結果から削除することを求めることができるものと解するのが相当である。 | (考慮要素)本件事実の性質及び内容、本件各ツイートによって本件事実が伝達される範囲と上告人が被る具体的被害の程度、上告人の社会的地位や影響力、本件各ツイートの目的や意義、本件各ツイートがされた時の社会的状況とその後の変化など、上告人の本件事実を公表されない法的利益と本件各ツイートを一般の閲覧に供し続ける理由に関する諸事情を比較衡量して判断すべきもので、その結果、上告人の本件事実を公表されない法的利益が本件各ツイートを一般の閲覧に供し続ける理由に優越する場合には、本件各ツイートの削除を求めることができるものと解するのが相当である。原審は、上告人が被上告人に対して本件各ツイートの削除を求めることができるのは、上告人の本件事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合に限られるとするが、被上告人がツイッターの利用者に提供しているサービスの内容やツイッターの利用の実態等を考慮しても、そのように解することはできない |
(あてはめ)児童買春が児童に対する性的搾取及び性的虐待と位置付けられており、社会的に強い非難の対象とされ、罰則をもって禁止されていることに照らし、今なお公共の利害に関する事項であるといえる本件検索結果は抗告人の居住する県の名称及び抗告人の氏名を条件とした場合の検索結果の一部であることなどからすると、本件事実が伝達される範囲はある程度限られたものであるといえる | (あてはめ)本件事実は、不特定多数の者が利用する場所において行われた軽微とはいえない犯罪事実に関するものとして、本件各ツイートがされた時点においては、公共の利害に関する事実であったといえる。しかし、上告人の逮捕から原審の口頭弁論終結時まで約8年が経過し、上告人が受けた刑の言渡しはその効力を失っており(刑法34条の2第1項後段)、本件各ツイートに転載された報道記事も既に削除されていることなどからすれば、本件事実の公共の利害との関わりの程度は小さくなってきている。また、本件各ツイートは、上告人の逮捕当日にされたものであり、140文字という字数制限の下で、上記報道記事の一部を転載して本件事実を摘示したものであって、ツイッターの利用者に対して本件事実を速報することを目的としてされたものとうかがわれ、長期間にわたって閲覧され続けることを想定してされたものであるとは認め難い。さらに、膨大な数に上るツイートの中で本件各ツイートが特に注目を集めているといった事情はうかがわれないものの、上告人の氏名を条件としてツイートを検索すると検索結果として本件各ツイートが表示されるのであるから、本件事実を知らない上告人と面識のある者に本件事実が伝達される可能性が小さいとはいえない。加えて、上告人は、その父が営む事業の手伝いをするなどして生活している者であり、公的立場にある者ではない。以上の諸事情に照らすと、上告人の本件事実を公表されない法的利益が本件各ツイートを一般の閲覧に供し続ける理由に優越するものと認めるのが相当である |
(結論)削除を命じなかった。 | (結論)削除を命じた。 |
結論として、
平成29年決定
→ 6年前の「児童買春等処罰法違反(罰金刑)」について、削除を認めなかった
令和4年決定
→ 8年前の「旅館の女性用浴場の脱衣所への建造物侵入罪(罰金刑)」について、削除を認めた
という違いが生じています。
この違いがなぜ生じているかについて、私見としては、まず第一に、裁判所が、Googleを始めとした検索エンジンには、「インターネット上の情報流通の基盤」としての価値を認めたことが挙げられます。また、ツイートには140字の字数制限があることや、タイムラインが流れていくことといったTwitterのサービス内容から、投稿されるツイートは、一定期間で消費されて比較的短期間で表現としての役割を終えること、などが重視されたのではないかと思います。
(※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、執筆時点のものであり、将来変更される可能性があります。)