連絡が取れない株主への対応方法
1.「所在不明株主」とは何か?
株式会社に出資をした人のことを「株主」と言います。
株主は「株式会社の所有者」とも言われており、会社の経営状況には強い関心を有することが一般的です。
しかし、中小企業の場合、「株式の過半数以上を有する株主」と「持株数が少ない株主」が、会社の運営等を巡って対立し、関係が悪くなった場合、(中小企業では、しばしば配当が行われないこともあって)疎遠になり、転居したり、携帯電話の番号が変わってしまって連絡が取れない、ということが生じます。
株主の一部と連絡が取れなくても、日常的な経営には支障が生じることはあまりありません。
しかし、例えば、「事業を売却したい」などという場合には、買主から、事業の買取りの条件として「全株式を引き取ることができること」といった条件が付されることが多く、大きな問題になることがあります。
以下、「所在不明株主」についての対応方法について、ご説明します。
2.所在不明株主を探す
大前提として、(当然のことですが)所在不明株主が保有する株式は、当該株主が有するものですから、その意向を無視して、会社側・経営側の自由にすることはできません。
そこで、まず思いつく対応としては、「所在不明株主を探して、協力を求めること」が考えられます。
所在不明株主について、過去の「住民票の所在地」が判明している場合には、弁護士に依頼するなどの方法により、現在の住民票上の住所地が判明すること多くあります。
このような調査により、所在不明株主との連絡が取れるようになることがあります。
但し、この方法は、所在不明株主が、会社の行おうとしている「事業の売却」や「事業再編」に協力してくれることを前提としており、所在不明株主の性格、心情、疎遠になった事情によっては、「江戸の敵を長崎で討つ」といったように協力が得られない場合には、折角、所在不明株主と連絡が取れるようになっても解決しない、ということもあり得ます。
3.所在不明株主を強制的に排除する方法
そこで、所在不明株主が見つからなかった場合や、そもそも協力が得られそうにない場合には、所在不明株主が所有する株式を、強制的に取得することが必要になります。
その方法としては、次の3つの方法があります。
① 所在不明株主の株式売却制度
② 特別支配株主による株式売渡請求制度
③ 株式併合を用いた株式の強制取得
4.① 所在不明株主の株式売却制度
所在不明株主の株式売却制度(会社法197条1項)とは、
ア 会社から株主に対してする通知又は催告が、5年以上継続して到達しなかったとき
イ 株主が、継続して5年間剰余金の配当を受領しなかったとき
(配当していない場合には、当該事業年度に配当をしていないこと)
の両方の要件を満たすときに、所在不明株主の有する株式を競売することができる制度です。
上記の要件のほか、
ウ 競売以外の方法による売却を相当とし、かつ、市場価格のないものであること
(会社法197条2項前段)
エ 異議を述べられること等を公告し、所在不明株主等に催告して、期間内に異議が述べられないこと
オ 会社自身が買い取る場合には、買い取る株式の数や金額を決めること
カ 株式の売却価格が相当であること
という要件を満たせば、競売ではなく、裁判所の許可を得て任意に売却することができます。
中小企業の場合には、競売によって第三者が株式を取得することになっても困りますから、裁判所の許可を得て任意売却することを目指すと思います。
裁判所の許可を得る上で重要な点は、「所在不明株主への通知が、5年以上継続して到達しなかったこと」を証拠により立証することです。
東京地裁では、この点を明らかにするため、「必ず6年分の返戻封筒を疎明資料として提出してください。」と述べられています。(※1)
なお、経営承継円滑化法に基づく都道府県知事の認定を受けた中小企業の場合には、通知が届かない期間について、「5年以上」を「1年以上」とする特例が適用されます。(※2)
いずれにせよ、それなりの時間がかかりますから、日常の業務において、株主名簿を整備したり、株主総会の招集通知など、年度ごとに行うべきプロセスをきちんと行うことが重要であると言えます。
5.② 特別支配株主による株式売渡請求制度
特別支配株主による株式売渡請求制度とは、全株式の90%以上を保有する「特別支配株主」が、その他の株主全員に対して、その有する株式の全部を「特別支配株主」に売り渡すように請求できる制度です(会社法179条1項)。
この制度は、「特別支配株主」が一定の手続を履践することによって、「その他の株主」(これを「売渡株主」といいます。)の個別の承諾や同意を必要とせずに、株式を買い取ることができるという強力な制度になっています。
その流れや要件は、概ね次のとおりです。
ア 特別支配株主が、会社に対して、買付代金の額や計算方法を明示して「株式売渡請求」を行う(会社法179条の2)
イ 会社は、特別支配株主が行った「株式売渡請求」の承認を行う(同179条の3)
ウ 会社は、上記イの承認を行った後、取得日の20日前までに、特別支配株主以外の株主に対し、通知を行う(同179条の4)
エ 会社は、上記ウの通知から、取得日後1年間(公開会社の場合は6か月間)、特別支配株主の氏名や買付代金の額を記載した「事前開示書面」を備え置く(同179条の5)
オ 特別支配株主が、取得日に株式の全部を取得する。
特別支配株主による株式売渡請求制度の特徴は、所在不明株主だけでなく、特別支配株主以外の全ての株主を対象とする必要があることです。(逆に言えば、特別支配株主による株式売渡請求制度を使って、所在不明株主の株式だけを取得することはできません。)
また、売渡株主の権利を保護するため、買付代金の額は、公正なものでないとならないこととされていますし(同179条の7第1項3号)、売渡株主は、取得日の前日までの間に、裁判所に対して、売買価格の決定の申立てをすることができます(同179条の8)
6.③ 株式併合を用いた株式の強制取得
「株式併合」とは、(発行済み株式の総数を減らすために)複数の株式を合わせて、1株に統合することをいいます(同180条)。
例えば、2株を1株に統合したり、10株を1株に統合したりすることができます。
株主は、通常、1株ごとに、1個の議決権を持ちます(同308条1項)。
そのため、何らかの事情で自分の保有する株式が「1株」未満になった場合には、議決権を行使することができないことになります。
所在不明株主が有する株式を、「株式併合」を用いて1株以下に統合することによって、強制的に株主から排除する方法が、「株式併合を用いた株式の強制取得」です。
株式併合は、上記②のように、1人の株主が90%以上を保有していなくともすることができますが、株主総会の特別決議が必要になりますから(同309条2項4号)、通常、3分の2以上の株主の同意が必要となります。
その流れや要件は、概ね以下のとおりです。
ア 株主総会の日の2週間前又は効力発生日の20日前のいずれか早い日から、効力発生日の後6か月間、併合の割合や効力発生日を記載した事前開示書類を備え置く(182条の2)
イ 株式併合をするための株主総会決議を行う(同180条2項)
ウ 株式併合の効力発生日の20日前までに、株主に対する通知を行う(同181条1項)
エ 株主総会で決議をした効力発生日に、株式併合の効力が発生する(同182条1項)
株式併合により1株以下となる株式が生じた場合には、会社は、その端数株の合計数を競売したり、裁判所の許可を得て、任意売却することができます(同235条1項)
株主の権利を守るため、会社法は、株式併合により端数が生じる場合、議決権が無くなってしまうことに反対する株主について、自己の有する端数株式の買取請求権を認めており(182条の4)、また、株主が不利益を被るおそれがある場合には、株式の併合を止めることを請求することができます(182条の3)。
なお、② 特別支配株主による株式売渡請求制度を用いる場合も、③ 株式併合を用いた株式の強制取得を用いる場合も、所在不明株主に対応する際は、(所在が不明なので)対価を交付することができないため、供託手続を使うことになります(民法494条)。
7.所在不明株主を作らないことが肝要
所在不明株主の対応についてご説明してきましたが、いずれも煩雑な手続きが必要になります。
そのため、そもそもの対策として、「所在不明株主を作らないこと」が重要です。
その対策としては、日頃から株主間のコミュニケーションを充実させるとか、定時株主総会をきちんと開催して、業績の報告を行う、ということが考えられます。
それでも「所在不明株主」が生じてしまった場合には、どの手続きが自社にとって最も適当であるのかを検討するため、また、「所在不明株主」への対応が、法定の手続きを履践していないことにより無効になるリスクを避けるため、弁護士等の専門家に相談することをお勧めします。
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(※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、執筆時点のものであり、将来変更される可能性があります。)