会社設立前に、設立後のために会社名義で契約を締結することはできる?
1.会社設立前の契約締結
これから会社を設立しようとする方のご相談で、時々寄せられるのが
「会社の設立登記後にすぐに動けるよう、今から会社名義で契約しておいてよいですか?」
という質問です。
この質問に対する結論は、ほとんどの場合に「できません(ダメです)」という回答になるのですが、その理由について、オーナー社長が株式会社を作る場合を念頭において、ご説明します。
2.設立前の会社は、権利義務の主体になることができない
会社を作るときに登場する人物は、「発起人」「株主」「設立時取締役」の3人です。
発起人は「定款を作成して会社を作る人」、株主は「設立時の株式を引き受ける人」、設立時取締役は「会社が設立したときに取締役になる人」という役割があります。
オーナー社長が会社を設立しようと
する場合には、通常、社長が「発起人」兼「株主」兼「設立時取締役」になります。
さて、そもそも論として、株式会社は、その本店の所在地において設立の登記をすることによって成立する(会社法49条)とされています。
逆に言えば、設立の登記をするまで「株式会社」は存在しない、ということです。
設立前には会社が存在しないのですから、当然、会社名義の契約を締結することはできません。
通常の商取引において、取引の規模が小さく、重要性が低い場合には、契約を行う際、契約の相手方の登記事項証明書をきちんと確認しないことも多いと思います。
では、「A社の代表取締役であるAさんが、共通の知人から紹介を受けてBさんと面談したところ、Bさんは「B社代表取締役」という名刺やB社のパンフレットを持ってきたので、B社と契約をしたが、よく確認してみたところ、B社は設立前の会社であった」という場合には、その契約の効力はどうなるのでしょうか?
前述のとおり、まだ存在していない「設立前のB社」は、A社-B社間の契約を締結することはできませんから、その契約の効果がB社に帰属することはありません。
(そもそも、設立前には会社が存在しないのですから、BさんがB社の「代表取締役」ではありえない、とも言えます。)
なお、このように締結された「A社-B社間の契約」について、A社が、誰にも文句を言えないのか、というとそうではありません。
A社は、B社に対して契約に基づく請求をすることはできませんが、Bさんに対しては、民法117条を類推して、履行又は損害賠償を請求できると解されています。(※2)
このように考えていくと、「発起人」は「会社を作る人」なのだから、設立後の会社のために色々な準備をすること(設立後の会社のために契約を締結すること)ができるのではないか、という疑問が湧いてきます。
しかし、発起人も、「会社設立自体に必要な行為」(定款の作成や登記などです。)のほかは、開業準備行為といえども、法律に記載のないことはできない、とされています(※1)
3.発起人の行う「財産引受け」
上述の「設立前の行為については、会社は責任を負わない」という原則の例外が、発起人の行う「財産引受け」です(会社法28条2号)。
財産引受けとは、発起人が会社のために、会社の成立後に(会社の成立を停止条件として)特定の財産を譲り受けることを約する契約のことです。
この「引き受ける財産」にプラスの財産が含まれることはもちろんですが、プラスマイナスを含むような「営業財産」でもよく、例えば、営業所の敷地(不動産)の売買契約でもよいと解されています。しかし、マイナスの財産だけ(単純な債務引受など)
を引き受けることはできません。(※1、※3)
そういうことであれば、会社設立前であっても事業の準備「発起人として、財産引受けをすればよいのではないか?」という声が聞こえてきそうですが、
なかなかそうもいきません。
なぜなら、「財産引受け」を行う場合には、
① 財産引受けの内容を定款に記載しなければいけない(会社法28条2号)
② 裁判所に、検査役の選任を申し立てないといけない(会社法33条1項)
③ 裁判所が選任した検査役による調査が必要(会社法33条4項)
というハードルがあるからです。
「財産引受け」が500万円以下である場合には、検査役の選任は不要とされていますが(会社法33条10項1号)、財産引受けの内容(目的たる財産、その価額、譲渡人の氏名)を定款に記載することは必要です。
そのため、財産引受けの内容が決まるまで定款が完成せず、定款が完成しないから会社の設立が進められない、という悪循環が生じてしまうことになります。
それでは、本末転倒の感が否めません。
4.実務上の対応
「設立前に契約をしたい」というご相談を受けるきっかけとして、「予め、会社名義で事務所を借りておきたい」ということがあります。
確かに、株式会社の設立のためには「本店所在地」を定めなければならず、本店所在地として表示するためには、予め事務所を借りておく必要があるので、設立前だけれども会社名義で契約ができないか、という発想はよく分かります。
しかし、これまでにご説明したとおり、設立前の会社名義で契約をすることは、なかなか現実的ではありません。
(なお、会社名義で不動産の賃貸契約をしようとするときには、会社の登記事項証明書や印鑑証明書を求められることも多く、当然、設立前にはそれらの書類を準備できないので、賃貸人や仲介業者からは拒否反応を示されることになります。)
そこで、実務上は、
・ オーナー社長が、個人の名義で事務所の賃貸借契約を締結する
・ その際、賃貸人には、新たに設立する会社の事務所として使用すること、会社設立後には、オーナー社長名義から会社名義へ、契約名義を変更させてほしいと依頼し、承諾を得ておく
という対応をすることが一般的です。
また、事業に必要な契約については、会社の設立登記後すぐに手続ができるように、必要な下準備をするにとどめておき、会社設立後に契約の締結をすることがよいと思われます。
※1 最高裁S38.12.24判決 (法曹時報16巻3号81頁)
※2 最高裁S33.10.24判決 (ジュリスト211号の2、164頁)
※3 最高裁S36.9.15判決 (法曹時報13巻11号121頁)
(※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、執筆時点のものであり、将来変更される可能性があります。)