「会社の備品」とそれにまつわる法律関係(備品管理)
通常、事業活動において必要な場所や道具は、事業主(会社)側で提供することが一般的です。
働き方改革やコロナ禍の影響、リモートワークの普及によって、最近は、「BYOD」(Bring Your Own Device:私物端末を業務利用すること)のケースが、特に中小企業を中心に一般的になりつつありますが、まだまだ、主流は「事業のものは会社で用意する」ことでしょう。
こういった「会社の備品」には、文房具のような小さなものから、業務用のパソコン、携帯電話、厨房機器や複合機、ひいては社用車といった大きなものまで色々あります。
過去のご相談の中には、「社用車を貸与していた社員が退職したので返還を求めたが、なかなか返してもらえない」といった極端なものから、「補充しても補充してもトイレットペーパーがすぐになくなってしまう。どうやら、誰かが持って帰っているようだ」という日常的?なものまで、色々とありますが、今回は「会社の備品」にまつわる法律関係について見ていきましょう。
まず、「会社のトイレからトイレットペーパーを自宅に持ち帰った場合」には、窃盗罪が成立します。
「会社のトイレットペーパー」を、自宅に持ち帰って、会社の事業のために使うということは、特殊な事情がない限りはおよそ考えられませんから、分かりやすいと思います。
次に、「会社支給のボールペンを自宅に持ち帰った場合」はどうでしょうか。
こちらは、基本的には窃盗罪は成立しないと思われます。
「自宅に持ち帰るつもりじゃなかったけど、たまたま、背広の内ポケットに指したまま帰ってしまった」ということことであれば、「盗もう」という故意がないことがほとんどでしょう。
また、通勤途中や営業先に直行するような場合に、業務上の電話があれば、メモを取る必要があることも多いと思いますから、「ボールペンを持ち帰った」という事情だけで、警察に被害申告をすることもやり過ぎだと思います。
(もちろん、不必要に何十本も持ち帰っている、ということであれば話は別です。)
では、少し趣を変えて、「会社のパソコンを、会社内で私的に利用していた場合」はどうでしょうか。
会社は、私的利用をされることによって、パソコンを使えなくなるわけではないですから、窃盗罪とか横領罪といった犯罪には当たらないように思います。
一方、「パソコンの私的利用」は、業務時間内に行われることがほとんどでしょうから、「私的利用をしている時間」は、働いていないと言えそうです。
では、「パソコンの私的利用」を理由に、懲戒処分をすることはできるでしょうか?
この点、次のように判示した裁判例があります。
(私用メールの送信について ※1)
労働者は、労働契約上の義務として就業時間中は職務に専念すべき義務を負っているが、労働者といえども個人として社会生活を送っている以上、就業時間中に外部と連絡をとることが一切許されないわけではなく、就業規則等に特段の定めがない限り、職務遂行の支障とならず、使用者に過度の経済的負担をかけないなど社会通念上相当と認められる限度で使用者のパソコン等を利用して私用メールを送受信しても上記職務専念義務に違反するものではないと考えられる。
本件について見ると、被告においては就業時間中の私用メールが明確には禁じられていなかった上、就業時間中に原告が送受信したメールは1日あたり2通程度であり、それによって原告が職務遂行に支障を来したとか被告に過度の経済的負担をかけたとは認められず、社会通念上相当な範囲内にとどまるというべきであるから、上記(ア)のような私用メールの送受信行為自体をとらえて原告が職務専念義務に違反したということはできない。
(業務時間中のチャットについて ※2)
原告は、平成25年11月18日から平成26年6月20日までの約7か月間、業務中、合計5万0158回のチャットを行っていた(本件チャット)。仮に、チャット1回当たりに要した時間を1分(ただし、同じ時分になされたもの及び業務に関連するものは除く)として計算すると、概算で1日当たり300回以上、時間にして2時間程度、チャットをしていた計算になる。(乙1、弁論の全趣旨)
(中略)
そこで、本件解雇の有効性を検討するに、労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことを内容とする契約であるから(労契法6条)、労働者は、基本的な義務として、使用者の指揮命令に服しつつ職務を誠実に遂行する義務を負い、労働時間中は職務に専念し他の私的活動を差し控える義務を負っている。したがって、業務時間中に私的なチャットを行った場合、この職務専念義務に反することになる。もっとも、職場における私語や喫煙所での喫煙など他の私的行為についても社会通念上相当な範囲においては許容されていることからすれば、チャットの時間、頻度、上司や同僚の利用状況、事前の注意指導及び処分歴の有無等に照らして、社会通念上相当な範囲内といえるものについては職務専念義務に反しないというべきである。
本件チャット(懲戒事由〈1〉)は、その回数は異常に多いと言わざるを得ないし、概算で同時分になされたチャットを1分で算定すると1日当たり2時間、30秒で換算しても1時間に及ぶものであることからすると、チャットの相手方が社内の他の従業員であること、これまで上司から特段の注意や指導を受けていなかったことを踏まえても、社会通念上、社内で許される私語の範囲を逸脱したものと言わざるを得ず、職務専念義務に違反するものというべきである。
もっとも、職務専念義務違反(業務懈怠)自体は、単なる債務不履行であり、これが就業に関する規律に反し、職場秩序を乱したと認められた場合に初めて懲戒事由になると解するべきである。
(PCの私的利用について ※3)
一般に、労働者は、使用者の指揮命令に服しつつ職務を誠実に遂行すべき義務を負っており、したがって労働時間中は職務に専念し、他の私的活動を差し控える義務を負っていることに照らすと、業務時間中に職場のPCを業務と無関係な目的で利用することは、前記義務に反する行為というべきであるが、PCの私的利用については、業務の内容や職場の状況に応じ、問題とされたPCの利用が私的利用であるかどうかを明確に判別することが容易でない場合が多々あること等から、私的利用といい得る態様のPCの利用がある場合においても、一定程度までは黙認されることが多いし、LCの職場においても、原告以外の従業員も、私的利用といい得るPCの利用をしていたことがあることは、証拠からも窺われるところである。
このような場合において、依命休職を命じる程度にウェブサイト閲覧行為の態様が悪質であるかどうかは、同じ職場の他の従業員のインターネットの私的利用の有無、頻度等をも併せて検討する必要があるというべきであるところ、これにつき、被告は他の従業員においてPCの私的利用はない旨を主張するのみで、それを裏付ける証拠を何ら提出しない。
このような裁判例の文脈からは、
- パソコンの私的利用があるというだけでは、懲戒処分をすることはできない
- 私的利用の度合いのほか、業務にどのような悪影響が生じたのか、という方向の裏付けが必要
- 他の社員との均衡についても考慮する必要がある
というようなことが読み取れるように思います。
ほかにも、「社用車の私的利用」についても、基本的には、パソコンの私的利用と同様に考えることができるでしょう。
但し、「社用車」の私的利用の場合には、「自動車事故が発生して、会社が責任を負うことになりかねない」という点が、「パソコン」の私的利用とは大きく異なります。
そのため、事業の執行に関係のない「従業員の私的利用」における交通事故の責任を負わないように、「社用車の私的利用は一切禁止(ないし許可制)」とすることも考えられます。
なお、社用車の「私的利用の禁止」や「許可制」は、きちんと運用していかないと、「従業員の私的利用を会社が黙認していた」と言われかねないので注意が必要です。
最後に、「インパクトドライバー」や「破つりハンマー」のような、高価な工具についても考えてみましょう。
こちらも、それらの工具が個人に管理が委ねられている場合、例えば、職長のような人が工具を預かり管理して、職長の判断で必要に応じて使う、というような状況の場合は、「ボールペン」と同様の解釈になると考えられます。
職長が自宅に持ち帰っていたとしても、そのような管理が元々予定されていたと言えるでしょうし、また、持ち帰った時に私用に使ったとしても、それ自体が「何かの犯罪になる」ということは考えにくいと思います。
例外的に、当該工具について私的利用が禁止されており、かつ、私的利用しているときに誤って壊してしまった、というような場合には背任罪が成立する余地がありますが、管理を任せっぱなしにする一方で私的利用は禁じている、というのが認められる事例は少ないのではないかと思います。
では、「都度、事務所から持ち出す」「持ち出すときには、上長の許可が必要」「いつ、だれが使うのかが、紙やデータで管理されている」という会社の場合に、「自宅で趣味のDIYをするために、会社も休みである3連休に、会社から持ち出して使う」という事例はどうでしょうか。
この場合は、そもそも私用の持ち出しが禁じられて、適切な管理が行われており、かつ、専ら私用のために備品を持って帰ることは、仮に、3連休が終わった後に返しておくつもりであったとしても、窃盗罪が成立する可能性が高いと思われます(※4)。
なお、従業員に対する「懲戒処分」は、従業員が、職場規律や企業秩序に違反したことに対する制裁として行われます。
また、懲戒処分を行う前提として、あらかじめ就業規則に根拠を定めておくことが必要ですし、実際に懲戒処分を課す際には、合理的な理由と社会的相当性も必要になります。
例えば、厚労省が公開している「モデル就業規則」(※5)では、以下のような規定があります。
2 労働者が次のいずれかに該当するときは、懲戒解雇とする。ただし、平素の服務態度その他情状によっては、第53条に定める普通解雇、前条に定める減給又は出勤停止とすることがある。
(中略)
④ 正当な理由なく、しばしば業務上の指示・命令に従わなかったとき。
⑤ 故意又は重大な過失により会社に重大な損害を与えたとき。
⑥ 会社内において刑法その他刑罰法規の各規定に違反する行為を行い、その犯罪事実が明らかとなったとき(当該行為が軽微な違反である場合を除く。)。
(中略)
⑩ 許可なく職務以外の目的で会社の施設、物品等を使用したとき。
(後略)
上記の説明の中で「犯罪行為」になるような場合には、上記⑥に該当することになりますし、また、私的利用が禁止されている備品を私的に利用すれば、⑩に該当することになります。そこで、その頻度、悪質性、職場規律や企業秩序に与える影響等に鑑みて、適切な懲戒処分を行うことができることになります。
いずれにせよ、会社の備品の私的利用について懲戒処分を行うためには、その前提として、「会社の備品の私的利用が禁止されていること」「備品が適切に管理されており、(明示はもちろん黙示の)許可がないこと」が必要と考えられます。
そこで、「会社の備品の私的利用」に困っている会社は、まず、備品の管理方法の見直しから始めてみるのはいかがでしょうか。
※1 東京地裁平成15年9月22日 労働判例870号83頁
※2 東京地判平成28年12月28日 労働判例1161号66頁
※3 東京地判平成25年9月13日 労働判例1083号37頁
※4 最判昭和55年10月30日 刑集34巻5号357頁
※5 モデル就業規則について
(※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、執筆時点のものであり、将来変更される可能性があります。)
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